平成9年(1997) 地元の県立高校に進学。このときお世話になった校舎は私が秋田にきてから起こった大雨で水没し、現在は移転していますが、当時の校舎裏に、ジャイアント馬場さんのご実家がありました。またこの頃、担任の先生の家がお寺であるという事を知り、冗談で「○○先生、家から霊柩車で通勤しているらしいよ」と軽い気持ちながら真顔で友達にいったら結構な噂になり、出どこを突き止められ、こっぴどく怒られました。そして、高校でも卓球部に入部しました。顧問の先生はとてもsense of humorのある英語の先生で私と同郷で同じ中学校出身だったので、とてもよくしていただきました。比較的薄黒い丸顔で、髪は短めで天然パーマがかかり、染めていたわけではないのでしょうが、色素が少ない系の金髪様でした。この先生は授業中は怖いことでも有名で、ある日、先生は真っ赤な顔で「このタコ!」と同級生をどなりつけましたが、そのときの先生の髪が、ちょうどタコ焼きにかかっている鰹節のようにみえ、「むしろ先生の首から上がまさにタコ焼きそのもの!!」と思ったことは今も忘れられません。タコ焼き、タコを怒る??O先生ほんとにすみません。