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Afterword to the Newsletter: [Pen Relay]
  秋田市医師会報のあとがき「ペンリレー」のご紹介です。
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怪談、奇談、幻談
橋本愛隣医院 橋本 禎嗣

海外には生涯怪談のみを書いた作家が少なくない。その泰斗としてはアイルランドのレ・ファニュをおいて他にないだろう。晩年は孤独な余生を送ったがなお奇談を書き綴った。「クロウルの奥方」は新しい奥方がきて間もなく跡継ぎの男の子が行方不明となる。久しい後小間使い奉公した女の子が悔悟のためか成仏できない奥方の亡霊をみるのだ。
総じて英国人は怪談が好きだそうだけどもう一人はイートンの学長を勤めた賢学のM・R・ジェイムスだろう。一般に外国の怪談は本邦のそれに比べておどろおどろした恐さは少ない。ジェイムスも肌に粟立つものは少ないが「ポインター氏の日録」は傑作だろう。古書市で手に入れた史書の中に古い端切れが入っていてその模様がとても気にいったのだがその夜から何とも言えない不気味なことが起こるのである。かれの作品にはこのように偶然手にした古い本や家具が祟りをおこすというものが多い。
W・W・ジェイコブズの「猿の手」は実によくできた短編で彼はこれ一作で後世に名を知らしめたといっても過言ではない。インドで手に入れた三つの願いが叶えられるという猿の手を叔父から無理に譲り受けるがただし願いは叶うが不幸を伴うというのだ。若い彼はそのようなことは物ともせずに二つ目まで願う、そして三番目は。子供たちの前で朗読するなら水を打ったように静まりかえること間違いない。
この他マッケン、ベンスン、ブラックウッド、ビアス等枚挙にいとまがない。
本邦では生涯怪奇小説のみ書いたという作家はハーンは別格として特にいない。ただ岡本綺堂を忘れてはならない。彼は新聞記者を皮切りに翻訳、創作と活躍したが「半七捕り物帳」は傑作で正しい日本語で江戸情緒を忍ばせる作品が多い。捕り物帳かと眉を顰めてはいけない。中学の国語の教科書に載せたら文学好きの子が増えるに相違ない。話は少し寄り道するが半七捕り物帳の第一話は「お文の魂」というのである。旗本の御新造とその娘の前に文と名乗る亡霊が現れて恐れ慄いているので助けてほしいと部屋住みの若侍が頼まれた。当時家禄を継ぐのは長男で次男、三男は養子にゆく他は生涯ぶらぶらしている他はない。気楽といえば気楽、悲しい気楽である。若侍が思案にくれているとそこに三河屋半七と言う男が現れた。この男は実は十手を預かる身で頼み込むと半七はじっと聞いていて最後に二つだけ質問した。「その御新造はいい女ですか」「お寺はどちらですか」こうして真実に辿り付いて若侍は半七の優れた洞察力に感嘆したのだ。第一話からして奇談、推理、そして何よりも江戸情緒が横溢している。
贔屓のため脇道が長くなった、岡本綺堂は多くの怪談を残しているが秀逸は「青蛙堂奇談」だろう、これも手が混んでいる、三月三日、雪の日、奇しくも井伊大老の謀殺されたと同じ日、百物語を催すので万難を排して出席のことと封書が届く、仕事を中途にして出るといい料理にいい酒が用意してある、おいおい人が集まって百物語が始まるのである。どの話も甲乙つけ難いが「利根の渡し」は利根川の川べりに住む盲目の坐頭が魚を買うとその目を針で突くことを繰り返す、そして眼病を患う北国の侍が川で溺れ何故か両の目に針が突き刺さっていたのである。
さて各作家が渾身のカを込めて書き記したのは分かるとして、ではこのような恐怖と憧憬の対象は真にこの世に存在するのであろうか。
以下私の拙い経験を述べる。
私は少年時代を下北半島の寒村で過ごした、父は寡黙な人であったが興が乗ると子供らを相手に色々な話を聞かせてくれた。その中に雪女をみたというのがあった。ある雪の夜遅く父は家路を急いでいた。その頃は除雪車などない、人の踏み固めた道が一条ついているだけであった。父の前を角巻きを着た一人の女がとぼとぼと歩いていた。父の住宅はすぐ近くだった。それで「お先します」と言って先を越すと数歩で我が家の戸口に立った。オーバーの雪を払って後ろを見ると誰もいなかった。近くの家に入ったとは思われない、角巻きの女はどこへ消えたのだろう。ただ街灯に雪が霏々と降っているのみである。あれは雪女であったのだろう、父はそう語っていた。
またこういうのもあった、新聞に幽霊がタクシーに乗ったという記事が載ったのだ、それによると駅で若い女性を乗せたタクシーが目的地に着いて後ろをみると誰も乗っていない、その家では葬儀の用意をしているらしい、家人に委細を告げると母がそれは娘に相違ない、娘が帰ってきたのだ、そういって過分に車代をくれたというのだ。私はこの記事を読んで子供ながらおかしいのではと思った、というのは読んだことのある上田秋成の「雨月物語」の「菊花の契り」によると、これは囚われの身の武士が約束を守るために死んで魂魄となって帰ってきたという話なのだ。であればいくらなんでも幽霊がタクシーに乗るのはおかしいのではなかろうか。一週間後再び記事が載って氷解した。それによると駅でタクシーに乗ったのは死んだ女性の友人であった。彼女は計報を聞いていち早く弔問に訪れたのであった。その途中、このタクシーの運転手も困った男であったが、尿意を催すと人通りのないところで黙って車を停めると小用をしだした。客の若い女は仰天して、身の危険を感じた、それで後ろのドアをこっそり開けると姿を消した。運転手は後ろも見ずに車に戻ると運転を続け死んだ女が帰ってきたと誤解されたのである。
次は私が医師になって間もなくのことである、私はこの話を深夜勤務の看護婦から聞いた、彼女は若い頃病院の寮に住んでいた、ある夏の夜、彼女の病棟には片足を切断した骨肉腫の女の子がいた、すでに肺に転移して病状はかなり深刻であった、年が同じであったので彼女はよく面倒をみていた。蒸し暑い夜で彼女が蚊帳に入って団扇を使っていると外に病気の子が立っているのが見えた、浴衣を着ていて暗闇なのに模様までがはっきり見えた、恐ろしくはなかった、そして病人は忽然と消えた、何か異変があったのでは、そう思って病棟に電話をかけたがよく寝入っているとのことであった、翌目勤務につくと不幸な子は意識を失い間もなく死去した、あれは生霊であったのか彼女はそう語った。後年友人の神経科医に尋ねると彼女は目で見たのではなく脳で見たのだろう、皮質盲という概念もあるとのことであった。
これもまた奇態な話であったが十数年前医学雑誌に「人食い自動車」という題でこんな記事が載っていた。休日ある産科医が睡眠不足であったが最近購入した中古のダッジに乗りひとりでドライブに出かけた。坦々とした田舎道を走ると人にも車にも出会わず実に快適だ、その内ふいに霧が出てきた、おやあんなに良い天気であったのにそう思っていると石でも跳ねたか振動がしてとたんに霧が晴れた。翌日診療をしていると警官がやってきて昨日人を撥ねて逃げましたね、というのである。何を世迷言をと笑ったが車を見るとバンパーが傷ついている、何よりも目撃者がいるのだ。頑強に否認したが目撃者がいるので弁護士に従い示談とした。しかし彼の気は治まらない、この車の前の所有者はなぜ手放したのであろうか、手を回して調べるとなんと前の所有者も事故を起こし、しかもその直前に突然に霧が現れたというのであった。執念深く調べた彼はさらにその前の所有者、カナダ人であったがその人もまた事故を起こしたことが判明した。これを書いた医師はこう最後に記している、「あの不吉な車は今日もまた獲物を求めて走り回っているのであろうか」
それから二三年してある心理学者の「幽霊は存在するのか」という小冊子を読む機会があった。そのなかにこの車のことが載っていた、それによるとこれは呪いでも何でもない、心理学で言う「高速道路睡眠現象」で高速道路での発生が多いのだが乗り手が疲れていたり、道路が坦々としているとごく軽度の睡眠状態に陥ることがある、その際運転者はいずれも霧が出たというそうである。
著者はまたもうひとつ述べていることがある、それはトンネルにまつわる怪談である。トンネルは建設時の死傷者もあることにより怪異譚は全国に流布している。先日難工事の末に完成した新幹線のトンネルでは女の生首が髪を振り乱して天井からぶら下がっているという実にどうも物凄いものがあった。この怪異現象が起こるのはトンネルの入り口であろうか、中ほどだろうか、それとも出口であろうか、これは全国同じで出口なのである。何故かというと視野が急に開ける状況下で怪しげなものを見るというのである。実験でも確かめられている。青山の墓地の近くでタクシーの運転手が白っぽい浴衣を着た女が手を振っているのを見ることがたびたびあって、運転手は客があってもこの近くへ行くことを嫌がるようになった。この場所は細い生垣の道が続いて急に開けた所に墓地があるのである。それでこの墓地が隠れるように竹やらいで道の片側を覆った。その後怪異譚は全く消失したというのである。
最後に私の見た唯一の摩詞不思議な現象を述べる。当家で一時五匹の猫を飼ったことがあった。娘婿が無類の猫好きで道で捨て猫を見ると拾ってこずにはいられないという困った趣味の持ち主で、アパートでは飼えないため我が家で預かったのである。階下の風呂場をつぶして猫部屋とした。夜に戸を開けると廊下を一斉に走り廻るのである。ある朝診察室に行こうとすると目の前を一匹の、それも特別気の荒い猫が待合室に駆けていったのをはっきりと見た。急ぎ待合室にいって猫の所在を問うと絶対に来ないという、それではと猫部屋に行くと確かに彼はいた。しかし私はこの目でしかと見ている。診察室に行くには待合室と薬局を仕切っている細長い空間を通る、この狭い空間から広い診察室に入った時に猫をみたのだ、私はいつも猫が逃げ出して子供たちに危害を加えないようにと思っていた、この思いがあの幻の猫をみたのだろうか。もしも私が忌わしい過去を持っていたらもっと身の毛のよだつような幻影をみたのだろうか。
さて長々と述べたがここに結語を問いたいのである、一体全体この世に未練を残した魑魅魍魎が存在するのであろうか。当家の賢婦人によると殺害されて犯人不明の場合死霊となって殺害者を知らせてくれればよいのではないか、そうすれば迷宮入りの事件など無くなるではないか。そのような事実が無いところをみるとどうも幽明界を異にするものは存在しないのだろう。これに強力な反論はできそうもない、亡霊が第九を斉唱している聴衆の前にでも現れてくれるとよいのだが。それでも私は一度でいいから今生の思い出に不可思議な目に会ってみたいと思うのだが。
次回は高橋 康先生にお願いいたします。



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