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Afterword to the Newsletter: [Pen Relay]
  秋田市医師会報のあとがき「ペンリレー」のご紹介です。
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雪の奥穂高岳登頂記
はしづめクリニック 橋爪 隆弘
 氷雪の槍ヶ岳に平成20年4月は単独で、平成21年4月は山仲間3人で登頂した。標高3180mの頂からは北アルプスの絶景を見渡すことができた。白銀に輝く穂高連邦の厳しい山稜の美しさは格別であった。小栗旬が主演する映画「岳」の撮影舞台が北アルプス奥穂高岳と知り、映画が公開される前に奥穂高岳に登頂したいという気持ちが膨らんでいた。しかし3月11日の東日本大震災で春以降の学会や講演など全てのスケジュールがキャンセルとなり、予定が全く立たなくなった。もちろん山に行く気にもなれかった。変化が芽生えたきっかけは、岩手県立大船渡病院の支援だった。大船渡や陸前高田の津波の被害や、生と死の境目を目の当たりにして、ひとが持っている時間には限りがあることを改めて認識した。大船渡を往復するたびに、できることを今のうちやっておこうという気持ちになっていった。
 平成23年5月2日午後9時横手に集合した。山岳会のメンバーで県庁職員Sさん、食品メーカー山ガールTさん、橋爪の3名である。Sさんは学生時代から北アルプスを登りつくしている人物で、今回のリーダーである。Tさんはなかなか職場を休めないと言っていたが、北アルプス遠征に飛びついてきた。「松本で友人の結婚式があることになった」と笑うTさん。
 東北自動車道から磐越道で新潟を経由し、上信道で松本までの800kmの道のりを、ワゴン車を3人で運転を交代しながら真夜中の高速道路を走りぬけた。休日千円の高速道路割引制度が6月で終了するだけに、どこのSAも深夜にも関わらず混雑していた。朝6時予定通り松本ICを降り、まもなく沢渡の駐車場に到着した。
登山者と観光客が半々のシャトルバスに乗り、40分ほどで上高地に降り立つ。バスターミナルの観光客は例年より少ないようだ。8時30分救護センターに登山届を提出してから出発する。河童橋で記念写真をとり、梓川に沿ってのんびり歩きだす。横尾まで11kmの道のりだが、約1時間ごとに明神、徳沢と休憩地点がある。上高地から離れるに従って観光客が徐々に少なくなっていく。左手に屏風岩が間近に迫り午前11時30分横尾山荘に到着した。涸沢から下山する日には、この横尾山荘の温泉に入る予定である。かけ流しの湯で、下山してきた疲れた身体の回復にはとても効果がある。一昨年モナカ雪で散々な目にあった槍ヶ岳からの山スキーで、暗くなってからこの横尾山荘に辿りついた。くたびれ果てた身体に、かけ流しの温泉があまりに気持ち良く、浴槽内でしばらく動くことができなかった。
横尾橋を渡ると雪山の世界である。冬山用のプラスチックブーツを履いてきたが、横尾までの遊歩道はとても歩きにくかった。すでに足底部が靴ずれを起こしている。雪道の方が足裏の負担が少ないのである。横尾本谷に沿った登山道には踏み跡がしっかりしているので迷うことはない。しばらくすると谷が雪に埋まり沢沿いに歩く。本谷橋は雪の下に埋まっているようだ。横尾本谷出会い付近でTさんと私はアイゼンを装着した。連休前半にかなりの降雪があり、谷という谷は大規模な雪崩で埋まっている。前回山スキーで降りてきた横尾右又もデブリだらけである。直前の情報で、連休前半の大雪により雪崩があちこちで発生し山スキーを楽しむ場所が全くないと聞いていたので、山スキーは持参しなかった。おかげで重い荷物を背負わずにすんだ。涸沢カールの標高は2000mを超えている。近づくにつれて、雪が舞い視界がかすんでくるが、登山者の列が行き先を示しているので心配することはない。色とりどりのテントが見えてくると間もなく涸沢ヒュッテとキャンプサイトである。テントは50個以上ありそうだ。目指すのは涸沢小屋だが、雪で視界が悪くよく見えない。
 地図で確認すると右手の高台にロッジ風の山小屋が見えた。北穂高岳からの雪崩の脇を200mほど頑張って上る。午後4時30分小屋のテラスに到着した。アイゼンを外して荷物を下ろす。先行したSさんが受付を済ませてくれていたので、指定された部屋に向かう。寝る場所は1畳に2人の広さだが、屋根があり足を延ばせる布団があり、食事があるだけ幸せである。早目の夕食を済ませると、もはや寝るだけである。7時過ぎに布団に横になるといつの間にか眠りに落ちた。
 明るさに気付き目を覚ますと5時前であった。Tさんはすでにいない。上着を着込みカメラを持ち外に出る。まだ夜が明けきらないが、すでに白出のコルを目指した登山者や、前穂高岳のフェースを目指す登山者のヘッドライトが動いている。寒さに震えながらベランダで日の出を待つ。穂高の峰に朝日が徐々にあたり、周囲を照らす。やがて雲の切れ間から朝日が差し込んできた。穂高の凍った雪の壁が太陽の光を反射している。写真を撮りながら今日の好天を実感した。
 午前7時我々も準備を整え、白出のコルを目指す。山頂付近はガスがかかりまだ展望が得られない。コルを目指す登山者の列が延々と連なっている。これが全員奥穂高岳にいくと大混雑になるのではないかと心配になる。アイゼンとピッケルが雪面にほどよくよく効き、比較的登りやすい。広大な斜面だけになかなか風景が変わらない。時間がたつにつれ雲が切れてきた。少しずつ高度を上げ、滑落しないようにゆっくりステップを刻む。ザイテングラードを過ぎ3000mに近くなるとさすがに息が切れてくる。奥穂高岳は天候やメンバーや技術、体調などすべての条件がそろわないと夏でも登頂できない。今回はまずコルまで上がり、その時にアタックするかどうか決めることにしていた。
9時10分白出のコルに到着した。奥穂高岳への壁には登山者がとりついているが、最初の壁を登ることができず引き返す者も多い。岐阜県警のパトロールが無線機を使いながら登り降りの人数をコントロールしている。右手の絶壁には、滑落した登山者を救助する網が張っているが、網目が大きく、どう考えても滑落防止ネットには見えない。これは大変なところに来てしまった。
「ここからは風が強く、着替えることができないので、目だし帽をかぶり、防寒用の上着を着るように」Sさんが二人に準備を促した。
「よし行こう」
 岐阜県警のパトロールの指示に従い、最初の壁に取り付いた。数人前の登山者は凍りついた壁に手を出したが登れず、諦めて戻っていった。Sさんを先頭にTさん、私と壁に取り付いた。3点保持で足と手を伸ばす。
「鉄の鎖よりも岩をしっかりホールドして」
まもなく鉄の梯子に到達した。先行者の通過を待ちながらアイゼンを梯子にひっかけないようにゆっくり登ると難所をクリアした。高度感を十分に味わいながら、アイゼンを効かせてゆっくり登る。足下は絶壁である。ここで足を滑らせるとまず助からない。救助用の網にお世話になるわけにはいかない。まもなくガスも晴れてきた。
「槍がみえる」
 振り返ると涸沢岳と北穂高岳の間に槍ヶ岳が天空を指している。「すごい、すごい」北アルプス初体験のTさんは歓声を上げながらシャッターを切っている。奥穂高へのルートは、岩場よりも雪面を選んで進む。アイゼンがきいて歩きやすい。ジャンダルムの岩の塊が右手にみえると間もなく山頂の祠がみえてきた。10時20分山頂である。静かに祠に頭を下げ、3人で登頂の喜びを分かち合った。山頂では360度の展望である。はるかかなたに上高地から梓川の流れ、右手にはジャンダルムから西穂高、乗鞍岳、左手には蝶が岳から大天井岳の裏銀座、さらに槍ヶ岳から遠方には立山方面がかすんで見える。風を避け、写真などをとりながら、大展望を満喫する。よくここまで来た。
 雪面での下りはいつも緊張する。アイゼンをひっかけて転倒すると、おそらく骨折だけではすまされないだろう。それでも槍ヶ岳を正面に見ながらの下山は、格別な気分である。飛騨側からの横風を受けながら慎重に足を運ぶ。難所は渋滞している。初心者がガイドとアンザイレンしながら登ってきており、ザイルでルートを完全にふさいでいる。それが数パーティもいるのである。ここで急いでもしかたがない。写真を撮りながら待つことにする。取り付きの壁を難なく降りると、穂高山荘のあるコルに到着した。やっと落ち着いて休むことができる。ゴールドキウィの皮をナイフで削り、まるごとかぶりつく。いつもより口の中で新鮮な甘さを感じた。「キウイってこんなにおいしかったの」と喜ぶTさん。
 涸沢までも急な雪の斜面を降りなければならない。日差しをうけた雪面は柔らかくなったとはいえ、転倒すると間違いなく怪我をする。グリセード(アイゼンを外して登山靴をスキーのように滑らせて下る方法)の上手なSさんは、かもしかのように駆け降り、周囲の登山者の喝さいを受けている。私とTさんは、アイゼンでしっかり下る。途中で滑落停止訓練をしながら、斜面に慣れていった。はじめは滑り出すスピードが怖かったが、ピッケルで制御できると分かってからは、面白いように下ってきた。涸沢小屋までは、あっという間だった。
 涸沢小屋のテラスから、陽光が輝く穂高の峰々を見渡すと、またいつかここに戻って来るのだろうと思う。奥穂高岳に登頂できたのは、天候や仲間など様々な条件に恵まれたからである。ひとりの力だけではとても到達できそうもない目標も、課題をひとつずつクリアしていくと、いつの間にか手に届くことがある。何よりも周囲の協力があって、成し遂げることができるのだと思う。今回は山の神様が我々に微笑んでくれたのだ。生きているうちにやりたいことは、まだまだたくさんある。やらなくてはいけないこともたくさんある。山と仲間と家族に感謝しながら、涸沢カールを後にした。



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