日本の自然には四季があり、私たちを楽しませてくれます。季節を呼ぶときは「春夏秋冬」と称して、春から季節が始まっているようにみえます。確かに職場や学校の新年度は4月からですし、一斉に咲くソメイヨシノを見て新たな1年の始まりを感じる方も多いでしょう。さわやかな初夏、うっとうしい梅雨を超え、光り輝く夏が来て、いつの間にか朝夕涼しくなって夏が終わる。日没が早くなり、木々の葉が色づく秋が訪れ、吐息が白くなり、次第に曇天の日が増え、冷たい雨が雪に変わり、辺り一面が雪に塗りこめられる冬で四季が終わる。古くから言い伝えられてきた順番でもあり、私もあまり気にしていませんでした。しかし、秋田暮らしが長くなり、次第に秋田県人となっていくなかで、秋田での四季の始まりは少し違うのではないか?との思いが湧いてきました。雪国・北国では季節は「冬」から始まるのではないか、と。春一斉に咲き誇る花も、冬にはすでにつぼみをもって準備を始めている。農作業に必要な水も実は冬に積もった雪が貯水タンクの役割を果たしている。植物や他の自然事象はそうかもしれないが、動物は(ヒトも含む)冬眠するかじっと寒さに耐えていて、始まりというよりは終わっている感じじゃない?というご意見もありましょう。確かに見た目は終わっている・眠っているように見えます。でも、その期間に動物(特にヒト)の内面では何が起こっているのでしょうか。日本の脳神経外科の礎を築いた新潟大学脳神経外科教室初代教授の中田瑞穂先生は、ホトトギス派の俳人としても知られています。その作品に「学問の静かに雪の降るは好き」という句があります。降り積もる雪と思索、どちらも静かに厚みを増していく。私はこの句を知ってから日本海側の雪景色も悪くないな、と思えるようになりました。人間としての深みを蓄え、これからを静かに考える季節、それが冬なのだと。人間は考えてからでないとなかなか行動できません(まれに動きながら考えられる方もおりますが)。だから、冬は人間にとっても「始まりの季節」であると私は思うのです。 それでも一方で、生き物にとって冬は厳しい季節であることは間違いありません。食料は乏しくなり、寒さに凍え、死の恐怖と隣り合わせの季節です。生きる、ということの厳しさを実感する季節とも言えるでしょう。つらい時期を懸命に生き延びて初めて、暖かい心浮き立つ春を迎えることができる、人生の縮図のような季節です。生きる厳しさと人生の深みを教えてくれる冬が先頭に立ち、豊穣な実りの秋で季節を締めくくる「冬春夏秋」の四季、結構乙じゃありませんか?
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