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<春夏秋冬>

発行日2020/04/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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暖冬
 
  「雪が積もると人がよく転ぶ。これを行き倒れと言う。」みたいなダジャレを言う客が集う赤提灯で大学後半の3年間、晩飯を食べた。学生の分際で晩酌もやった。寒くなれば熱燗が美味しく、一番安いつまみを注文して毎晩盛り上がった。12月になると秋田には雪が降る。お金が無くなるとつけにしてくれ、つけが3日続くとお金を貸してくれた赤提灯のご主人から根雪の話を聞いた。根雪とは冬のあいだ積雪状態が続くことで、降り積もった雪が早春の雪解けの季節まで地面を覆い続ける状態を言う。根雪の始まりを「根雪が張る」と言って冬の訪れを表し、冬の終わりを指して「根雪が解ける」と呼び春の訪れの時期とした。私が学生だった50年近く前は、12月になり雪が降り続くと、「そろそろ根雪ですかねえ。」が秋田の挨拶らしい。「まだダベ」とご主人が答えているのを何度も聞いた。当時の秋田の冬は厳しかったかもしれないが、一方で雪は道路や木々、家屋など様々を覆いつくして美しい白い世界を造成する。冬のランニング練習は少し走法を工夫すれば走るのにほとんど支障はない。そして雪国の冬の時間は静かにゆっくりと流れて春まで雨が降らず、長期の練習計画が可能で、じっくりと走り込みが可能だった。夜になると雪明かりは驚くほど明るい。最も美しいと思う千秋公園の冬の夜は木々の葉が落ちて街の灯も入り、街灯が無くても本が読めるほど明るく、世俗を寄せ付けずに静かである。たまにランニング練習の人がいるのを足跡で気付くが、習性で常に同じ方向に走るためか顔を合わせることは一度もなかった。秋田の冬は今も好きになれないが、雪は嫌いではなく、根雪の言葉に厳しさを感じることはない。40年位前の1月の夜、少し暖かいのは分かっていたが、根雪なので雨など降るはずがないと思っていたところ、家から5km地点で雨が降り始めて、徐々に雨脚は強くなり自宅に逃げ戻った時は、ずぶ濡れの状態だった。何故冬に雨が降るんだ?それ以来、時々真冬に雨が降り、何時しか美しい積雪に平気で雨が降るようになった。あの頃から根雪の言葉を聞くこともなくなり、いつの間にか死語になっていった。
  師走と聞くだけで何か慌ただしさを感じる。忘年会が有り、年賀状を書いたり、仕事を年内中に終わらせようとしたりと確かに慌ただしいのは事実である。しかし役所の御用納め頃には一段落し、一年を振り返ったりして大晦日までの数日は一年で最も落ち着く時期でもある。
 昨年の年末は秋田に来て初めて雪がなく、暖かい年末だった。除雪が不要で助かったが、このまま冬が終わってしまった。人生を一年に例えると、私は今師走にいる。近いうちに必ず訪れる御用納めの様な頃に人生を思い起こすとき、心の中は暖冬ではなく、雪がしんしんと降り積もり静かなあの根雪の頃であってほしい。
 
 春夏秋冬 <暖冬> から