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<春夏秋冬>

発行日2019/12/10
秋田厚生医療センター  木村 愛彦
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ブラックジャックにはなれない
 
  不摂生な生活を続けているにもかかわらず、幸い今のところ、健康上に大きな問題はなく過ごしている。しかし、弱点は二つほどある。一つはS状結腸憩室で、数年前に炎症のため数日の入院を余儀なくされた。以後食生活や便通には留意し、穿孔、パンペリは免れているが油断は出来ない。もう一つは歯周病で、行きつけの歯科医によると、完成された口腔内細菌叢の改善は望めないそうで、日頃のケアをしていくしかないようである。こちらも十分に管理しているつもりではあるが、どうしても年に数回、著しく歯肉の腫れが生じてしまう。
  今回の腫脹はひどかった。腫れは歯肉から下顎部に及び、痛みも強い。エコーを当ててみるとそこには圧痛を伴う液体貯留、すなわち膿瘍が形成されていた。同僚は、「今に頸部に及び、しまいには降下性壊死性縦隔炎になりますよ」などと脅す。膿瘍の治療の第一はなんといってもドレナージ、この程度なら穿刺でいけそうである。
  というわけで自分でやってみた。エコーガイド下の穿刺は常日頃行っている手技で自信もある。まずは局所麻酔を施し、自分の下顎の穿刺を始めた。ところが、全くうまくいかない。考えてみると、超音波画像、穿刺部、鏡の3ヶ所を見ながらの手技になるので到底不可能なのである。強行すれば重大な副損傷も生じかねない。愚かの極みだった。早々にあきらめ、耳鼻科医にお願いして、口腔内からいとも簡単に小切開、ドレナージが行われ、速やかに快方に向かったのだった。
  さて、かの天才外科医、ブラックジャック先生は、知りうる限り4回、自分の身体の手術を行っている。そのうち1回は直視での下肢の手術で、彼ほどの技術と度胸、痛みに耐えうる精神力があれば、なるほど完遂するのはそれほど困難ではなかったかもしれない。しかし、残りの3回はいずれも鏡視下手術、といっても現代の内視鏡手術ではなく、目の前に鏡をおき、自分の患部を映し出し、それを見ながらの手術である。しかも、さらにそのうち2例は開腹術である。
  腹腔鏡や胸腔鏡下手術の場合、術者、助手の立ち位置によっては時に、実際の動きとモニター上での動きが逆になるいわゆる「ミラーイメージ」での手技を強いられる場合がある。このときの操作は実に困難で、執刀医がミラーイメージで終始行うことはあり得ない。まして、ブラックジャック先生の場合は平面の鏡であり、立体構造は全く反映されないため、手術の困難さは想像を絶するものがある。さすがは希代の天才外科医であるが、彼も自らの腹膜炎手術の際にはミスを冒し、助手のピノコの活躍で一命をとりとめたのである。私の「セルフドレナージ」もピノコのような助手がいれば成功していたかも知れない。
 
 春夏秋冬 <ブラックジャックにはなれない> から