匂いで懐かしい記憶を思い出すことはありませんか。家を出た時、雨が上がった埃っぽい匂いで部活前の気持ちを思い出したり、ちょっと暖かい日の春の夜に、修学旅行の夜の甘酸っぱい感じを思い出したり。いい思い出だけではありません。ひんやりした澄んだ空気の日に、怒られて悔しかった帰り道を思い出したり、暑い夏の日中に友達にイライラした日を思い出したり。匂いを嗅ぐことで懐かしい記憶や当時の感情が蘇ることをプルースト効果と呼びます。フランスの作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』という小説の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した際、その香りで幼少時代を思い出す場面があり、その描写が元になっているようです。先日、研修医の同期3人で病院を出た時に、この匂い?の時みたいだな、という話をしました。3人いても1つの匂いで3人それぞれの思い出が蘇るのも趣があります。そんなことを、柔軟剤のいい匂いがする当直室で考えながらこれを書いていて、今日も秋田が平和でありますように、と願います。皆様の思いもきっと同じことでしょう。 私は中通総合病院研修医2年目の小舟と申しまして、ペンリレーでご指名いただいた当院研修医の小紫先生と秋田に残ることを決めたのが、ちょうど5年前のことになります。実家の埼玉を離れて秋田のことが好きになって、秋田に残って働かせていただくことにしました。自分が秋田を好きなのは、「匂い」を多く感じられるからなのかもしれないと、最近よく思います。秋田は、自然だけではなく匂いも豊かなところです。潮風もあれば、山風もあり、吹雪もあれば、猛暑もある。いろいろな天候と自然があって、混じり合ってこそ、そういった場所になるのだと思います。コンクリートと排気ガスの匂いがする大都会でも、それはそれで思い出になるのでしょうが、ここまでの多様性を産むことは決してありません。そんな秋田で特に好きな匂いといえば、温泉の匂いと、堤防の匂いでしょうか。 温泉巡りが好きです。車を走らせて、硫黄の匂いがしてくると、心が躍ります。昔の人もこんな匂いを嗅ぎながらこの温泉に入ったのだな、と想いを巡らせます。効能は知らないけど、リウマチに効きそうだな、なんて思ってみたり。のぼせて上がってふぃ?と一息つくと目の前には緑モリモリの森があって、葉っぱの匂いがします。裸でヘリにデン、と立ってみたりして、ちょっと恥ずかしくなるのもいい感じです。脱衣所に、レジオネラうんぬんの記載があって、ちょっと勉強を思い出して、ロッカーにカギがないから、少し心配になって。玉川温泉では皮膚がピリピリしたりして、イテテ、とつぶやいて、いそいそと普通のお湯に浸かりにいったりして。 海も好きです。秋田の海は蒼くて、なんかゆったりしている感じがします。潮風に乗って海の匂いがして、足元にはエサの匂い、後ろにおじいちゃんの原付が走ったりしてガソリンの匂い、どれも混じり合っていい感じです。ルアーで釣れなかった時の保険のためにサビキを足元に垂らしてみます。埼玉の父が作ってくれた,泳がせ釣りの仕掛けが使えたらいいな、なんて考えながら。大体釣れなくて、夕陽が沈むのを見ています。でも釣っても釣れなくてもそんなことはどうだってよくて、この心地いい雰囲気で包んでくれるのが、秋田の海なのだと思います。最近全然釣れない言い訳ではありません。 秋田に来て8年目を迎えました。どんな匂いもいい思い出になるこんな秋田だからこそ、卒後に残って働かせていただけてよかったです。一人前の医師には程遠い自分ですが、これからも秋田で皆さまとたくさんの思い出を作っていきたいと思います。 次は、これからの研修医生活でたくさんの思い出を一緒に作っていく予定の、中通総合病院研修医1年目、三澤先生にお願いします。私よりも数段大人びている彼の文がとても楽しみです。
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