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<ペンリレー>

発行日2012/08/10
高橋内科医院  高橋 文夫
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のどにつららが刺さっている!
 
 Sさんが当院を訪れたのは、まだ寒さも残る3月初めの頃であった。看護婦が予診を取り、要点をポストイットに書き込んで、カルテの表紙にポンと貼り、診察室に回してよこす。私はそのカルテを開き、ポストイットにさっと眼を通してから、患者を呼び入れる。
しかしこの時は違った。「……」、ポストイットに書かれた主訴を見たまま視線が固まってしまったのである。その主訴が、上のタイトルである。
 「これは一体どういう意味なのか?魚の骨がのどに刺さるようにつららが刺さっている、ということか?」いや、そんなはずはない。つららならすぐに融けるはずだ。
「何年か前、東京の大学病院の救急外来で、幼児が綿飴を食べながら転倒し、割りばしをのどの奥に突き刺し死亡するという事故があった。それのつらら版か?」いや、そんなはずはない。それなら救急病院に行くはずで、当院のようなのんびりした内科を受診するはずがない。
 あれこれ考えても仕方ないので、取りあえずSさんを診察室に呼び入れた。
 上品で大人しそうな50才の女性で、とても医者をからかうような人ではない。私は詳しいアナムネを聴く前に、まずのどを見せてもらった。どうしても割りばし事故が気になっていたのである。迷医の悲しい性であろう。あり得ないと思っていても、一つ一つ可能性を消していきたいのである。
案の定、のどにはつららも何もなかった。

 詳しく話を聞くと、3年前に交通事故でムチウチ症になり、その頃から寒冷蕁麻疹も出るようになった。以後毎年秋になると、のどから食道・胃まで冷たいつららがビッシリ突き刺さっている感じが続くようになり、特に昨年10月からはひどくなって冷えが全身に広がったと言う。薬局で加味逍遥散を勧められて買って飲んでいるが、効かないため当院を受診したという。
 私はいろんな漢方治療を行いたくて開業した経緯もあり、漢方治療は大好きである。特に冷えの治療は、西洋医学ではほとんど無力であるため、先端医療を行う大病院でも治せないものを治してやる!などと不必要に意気込んだりするのであるが、治せるときも治せないときもあり、まだまだ力不足が否めないのが現状である。

 問診を続けるとSさんの症状はさらに多彩で、冷えの他に全身の痛み、下痢しやすい、頻尿がある、口が渇く、頭痛がある、だるい、疲れやすい、イライラや不安感がある、動悸・生理不順がある、といった具合であった。
 舌診、腹診の所見および不定愁訴の多さ、イライラ・不安感などから、加味逍遥散は継続してもらい、冷えに効く漢方を追加することにした。四肢の冷えには当帰四逆加呉茱萸生姜湯がよく効くが、体の芯の冷えには当帰芍薬散か真武湯がいいだろうと考え、ありふれた漢方ではあるが当帰芍薬散を投与した。

 10日後Sさんが受診した。何故かボーとした感じである。「つららはどうですか?」と尋ねると「消えました…。」と答える。他の症状もほとんど消えたと言う。ならばもう少し嬉しそうな顔をしてほしいのだが、私がカルテを書いている間、「今までの辛い症状はいったい何だったんだろう…」「あんなにいろんな薬を飲んでも効かなかったのに、こんな簡単に治るなんて、おかしい…」などとつぶやくのみであった。
再度「体調はどうですか?」と尋ねると「最高です!全身の痛みも取れました。」と答え、やっと笑顔を見せてくれた。

次ぎに再診したときはさらに体調が良くなり、よほど嬉しかったのか、職員全員で食べても食べきれない程のケーキを持ってきてくれた。
漢方はきちんと服薬を続けてもらい、秋から冬になっても症状が再発しないことを確認して、12月投薬終了とした。以後再発はない。

 漢方治療をしていると、こんなふうに劇的に効く人が年に2~3人はいます。やったぁ-!と叫びたくなりますが、本当はもっと多くの患者さんを劇的に治せるものを、私の腕が未熟なために…、と反省することの多い毎日です。
(次回は菅原内科クリニックの菅原真砂子先生にお願いしました。先生どうぞよろしくお願いいたします。)
 
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