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<ペンリレー>

発行日2004/08/10
おのば眼科  徐 魁煒
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夏の想い出
 
 台湾では真夏になると道路からかすかにアスファルトの匂いがしてくる。なにしろ、毎日30℃以上だから。午後のスコールのあと、雨の匂いは実に気分爽快。ヒゲを剃った後のアフターシェーブみたい。今でも目を閉じれば30年前の匂いおよび光景が目に浮かぶ。抽象的な名前や番号は簡単に忘れるが、音や匂いなどは特に意識しなくても脳の深いところに大事にしまっていて、呼び出すときは専用?のブロードバンドに乗って瞬時に甦るのである。原始的な情報は生物にとって、重要かもしれない。そう言えば、眼球運動をチェックすると、水平運動では時々間違いをみるが、上下方向を間違う人はいなかった。重力を味方にしないと、ひどい目に遭うことは我々の遺伝子に記憶されているのかもしれない。
 話を逸れてしまった。夏の話だったよね。台湾の新学期は9月なので、節目節目はどうしても夏とぶつかる。さらに、年の半分位は、実は夏である。真夏の7月に高校を卒業し、人生の最大難関である大学入試は無事に終わり、合否の発表が出るまで、友人らとプールヘ山へと遊びに出かけた。しばらくして発表が出て、台北の近郊にあるカトリック系大学の生物学科に受かったが、ちょっとがっかりした。でも高校とさよならできれば、どこでもよかったと思ったりもする。人生の進路をぼんやりとあれこれ考えながら、とりあえず、大学生活が始まる前に、2ヶ月間の兵隊生活が待っていた。
 台湾では成年男子には兵役の義務がある。兵種により2年だったり、3年だったりする。満20歳の年に徴兵されるか、大学に受かれば、入学前の夏休みに2ヶ月(収容人数の関係で、一部は冬休みに回される)、卒業後は1年10ヶ月の兵役が待っている。兵役義務のある男子は、兵役を終わらなければ、出国できないことになっている(今も同じか?)。
 大学卒業後、1年10ヶ月の兵役に就く前、お土産を提げて年を老いた祖母の所へ別れの挨拶をしに行った。「これは義務です、仕方ないね。」、祖母は言葉少なめにゆっくり言った。妙に感心した。この一言で心の中のもやもやが吹き飛ばされ、スキッとした。一家の長老である祖母がそう言うのであれば、頑張らないわけにはいかない。
 その後、真夏の台湾南部の高雄近郊で3ヶ月間、本格的な兵隊の洗礼を受け、命の洗濯をしたようなものだった。嫌なことをひたすら我慢した。訓練中に不運にも命を落としてしまった同期生もいた。逃亡した人もいたと聞いた。
 もう20数年前のことであるが、今思い返せば、兵隊に入ってよかったと思っている。ここで素晴らしい友人たちにも出会えた。今となって名前は大分忘れたが、顔は覚えている。それと声も。面白いね、脳というより心の奥深くにあなた達がいつまでもいるものね。夏とともに。
 次回の執筆者は鈴木内科胃腸科医院の鈴木俊夫先生にお願いいたします。
 
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